40年前に、師から音を教わる時に、君はとても不幸になるよと言われました。(なってます^_^)
その時に、そのおっしゃる真意は良く分かりました。
師から離れて40年ほどは、音の理論は意識の片隅にはあるものの、対外的に話をする事は控えて来ました。
名前の音と脳の関係、名前の音と心の関係は、今後の研究で明らかになってくると思いますが。そのためには多くの臨床や調査が必要であり、名前の音が脳に与える影響の科学的な解明は、私が生きている時には間に合わないと思います。
それでも、私たち日本人の深い意識の中には、言葉や音に関する感覚が確かに存在していると感じます。
頭で師の理論(相対性三次元理論)を理解するのではなく、体感で分かりたいと思っていました。還暦を過ぎ、振り返る事ができる内容も増えてきました。歳を取るありがたさです。
その経験を踏まえて考えてみると、名前はその人が生まれた時につけられ、呼ばれていく訳ですが、たとえ、名前全体の音の流れやつながりの悪さ、相性の悪い名前同士でもうまく行く場合があります。
その要因は、教養(教育ではない)であり、風です。風は言い換えれば空気感や時代の環境です。
人間は油断するとわがままさが出てきます。自分の中でのわがままならまだしも、他人に向かうケースが多いです。離婚はその最たるものです。
幼い子供の気持ちを考えもしません。
おさなごころを傷つけないように自分のわがままさを加減する事ができません。
今の日本は本当に自由です。自由すぎて、わがままさ(幼児性)がさらに大きくなっていってます。
私の父母の時代は戦前戦中戦後でした。名前もへったくれもない。まず、日本という国が生きのびていけるかの時代。
父は昭和20年6月に特攻隊での出陣が決まっていました。それが、上の兄たちが立て続けに戦死したため、立場的に長男になり、3ヶ月後の9月に後回しの出陣になったそうです。その前で終戦。
同期の仲間の多くは、出陣して帰らぬ人になっています。
そのような時代を生きた人達に取っては、そもそもの人生観、時代観が違うと思います。周りのために自分のわがままさを抑える精神の強さや、時代の環境があったと思います。
父と母は名前の相性は決して良くありません。ですが、一度も喧嘩したことはなく、死ぬまで仲良しでした。
父母に限らず、こんな生き方をしたら人として恥ずかしいとか、戦争を生き延びた人生への感謝など根底に強い思いがあったと思います。
今の時代は、よほど便利になったわけですが、私たちは根っこの強さを失っている気がします。日本という国自体もそう。
そうなると、名前の音の次元は良くも悪くも力を発揮してきます。
師からは、名前の音には生殺与奪の力があるといつも言われてました。
昔の日本人が言霊(ことだま)と呼ぶのはその通りだと思います。
私達の気づきと自覚が試されています。
ちょっと重い話題でしたが、本日も最後までお付き合いいただきありがとうございます。