3つ前のブログで紹介した葉室賴昭さんの著書『大祓 知恵のことば」の中から、もう少し紹介させてください。
この本の76ページに以下のように書いてあります(原文のママ)
「現在のように理屈だけの言葉を唱える風潮がはびこり、とくに若い人たちが話している言葉を聞いても、
何を言っているのか全く分かりません。これは流行とか時代とかそういうことではなく、言葉本来のたましいが失われ、日本人がだんだんと滅びていく姿であろうと、私には感じられるのです。」
「もう冗談を言っている時ではありません。祖先たちが伝えてきた真実の知恵の言葉に目覚めなければ、日本の未来はありません。」
以上、引用部分です。
「茹でガエル理論」をご存知でしょうか、このブログを読んでくださっている方で、とても感性の高い方と話をした時に、この「茹でガエル理論」の話が出ました。久しぶりにこの茹でガエルの話をする方にお会いして嬉しい思いでした。
カエルをいきなり鍋の熱いお湯に入れると驚いて飛び出すが、温度を少しずつあげていくと本人も(本カエルも)気づかないうちに茹で上がって死んでしまうというものです。
これは理論なので、実際に実験するとカエルは危険を感じた時に鍋から飛び出るそうですが‥
私たちの奇跡の財産である日本語も上の葉室賴昭さんの本にあるように、気づかないうちに、その命を失って来ています。
このブログでは、学校の教室で教えるような固まった理屈を述べているのではありません。どの時代でも若者の言葉遣いが悪いという話が出ますが、基準や根拠がないと、何が良くて何が悪いかわからないと思います。
まず、言葉の音そのものに働きがあり、質があり、温度がある事。日本人はその理論は知らなくても感覚的に分かっているという事。
口の中は一つの宇宙(太陽系)と同じ空間があり、同じ法則を持ち、それを忠実に表している唯一の言葉が日本語の訓読みの世界に残っている事。
これを、もう一度、思い出して欲しいと思います。
既に述べて来た、日本語のいろんな言葉に表現されている、歌や子守唄の歌詞にも多く使われている。それは理屈ではなく、自然な感覚で使われている。
それにも関わらず、こと、名前を付ける時には、その自然な感覚より、理屈を優先したり、欲がありすぎたり、その時の時代に流されてしまったりしてしまう。
人生で一番大事な場面で、日本人の遺伝子が眠ってしまっています。
会社の名前、人の名前、商品の名前。
日本人は最もその感性を持っていたのに、今は茹でガエル状態で感じるものも感じなくなっていると思います。
元々持っている本能を呼び覚ます必要があります。
そうでなければ、日本という恵まれた国が、自らの油断によって、その恵みを失ってしまいます。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。